日本の精神医療の暗部に迫る『ルポ 収容所列島』。この本が描き出す現実は、私の想像を絶する、衝撃的なものだった。長期にわたる身体拘束、明確な理由なき隔離、そして向精神薬の多剤大量処方。それは、私が漠然と抱いていた「医療」のイメージとはかけ離れた、人権を問われるべき深刻な問題提起だった。
実は昨年、あるクリニックで精神疾患を持つ方と話す機会があり、身体拘束で体に痣ができたという話を聞いたことがあった。正直に言えば、その時は半信半疑だった。しかし、この本を読んで、それが決して突飛な話ではなく、日本の精神科病棟で「ふつうにあり得る」ことなのだと知り、背筋が凍る思いがした。
特に、発達障害の診断と投薬に関する記述には、深く考えさせられた。東洋経済オンラインの記事で以前から問題意識は持っていたが、本書で描かれる診断の曖訪さには改めて疑問を感じる。子ども時代を振り返れば、多かれ少なかれ落ち着きがなかったり、コミュニケーションが苦手だったりする傾向は誰にでもあるはずだ。それを安易に「障害」と名付け、薬でコントロールしようとする風潮には、強い違和感を覚える。もしかしたら、私自身も、今の基準で見れば何らかの診断名がついていたかもしれない。誰にでもある「個性」と「病気」の境界線は、一体どこにあるのだろうか。
ただ、この本が提示する問題を、私は一方的に鵜呑みにすることはできなかった。先日、四国遍路の道中で出会ったA氏との会話が、私の視点を少し変えてくれたからだ。彼は、この本の内容を「恣意的な文章とも取れる」と指摘し、「医師側の立場もある」と語った。確かに、本当に危険な状態の患者さんもいるだろうし、家族が疲弊しきっているケースもあるだろう。この本が描くのは、あくまで問題の一側面であり、現場の医師たちが抱える苦悩や葛藤までは、描き切れていないのかもしれない。
『収容所列島』は、日本の精神医療が抱える根深い問題を白日の下に晒した、価値ある一冊だ。しかし、同時に、この問題を単純な「悪しき病院 vs 虐げられる患者」という二項対立で捉えてはならない、という教訓も与えてくれた。患者の人権はもちろん最優先されるべきだ。しかし、その上で、医師側の事情、家族の苦悩、そして社会全体の理解といった、複雑に絡み合った糸を、私たちは冷静に見つめていく必要がある。この本は、私に衝撃的な事実を突きつけると同時に、物事を多角的に見る重要性をも教えてくれた、重い一冊となった。
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