ニュースで「ビットコイン」という言葉を聞くたび、それは自分とは無関係な、遠い世界の出来事だと思っていた。しかし、上田岳弘さんの『ニムロッド』を読んで、その考えは一変した。この小説は、仮想通貨という現代の錬金術を通して、「価値とは何か」という根源的な問いを私たちに突きつけてくる。
主人公の「僕」は、実体のないデータを掘り起こすことで富を得ようとする。その姿は、一見すると奇妙で、空虚にさえ見える。しかし、考えてみれば、私たちの周りも同じではないだろうか。SNSの「いいね」の数、フォロワーの数、ゲーム内のレアアイテム。私たちは日々、実体のないデータに一喜一憂し、そこに価値を見出している。この小説は、仮想通貨という極端な例を通して、現代社会全体が抱える「価値の揺らぎ」を映し出しているのだ。
作中で「僕」は、ビットコインの創設者「中本哲史」を、まるで神のように探し求める。顔も素性もわからない、データの世界の創造主。その姿は、確かなものを失った現代人が、新しい信仰の対象を求めてさまよう姿と重なって見えた。
『ニムロッド』は、簡単な答えをくれる本ではない。むしろ、読み終えた後にはさらに多くの疑問が心に残る。しかし、当たり前だと思っていた日常や社会の仕組みを、全く違う角度から見つめ直すきっかけをくれた。データが神になり得るこの時代に、自分は何を信じ、何に価値を置いて生きていくのか。重い問いを、ずしりと手渡されたような読書体験だった。
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